眠らない島

短歌とあそぶ

2013-01-01から1年間の記事一覧

釜田初音 第三歌集 『航跡』

私が「未来」に入会した2006年である。初めての詠草が掲載された6月に、「未来」の創始者である近藤芳美が逝去した。近藤芳美の名前はもちろん知ってはいたが、「未来」という結社の中での近藤芳美の存在については全く無知であった。その後、近藤芳美…

藤田千鶴 第二歌集 『白へ』

藤田千鶴さんの第二歌集『白へ』は、童話と短歌とのコラボレーションからなる。歌集に散文を収録するとどうしても、散文に引っ張られて、歌の存在感が薄れてしまいがちになる。散文の造形力はそれだけ強力といえる。散文が優れていればそれだけ、歌にも力が…

澤村斉美 第二歌集『 galley  ガレー』

澤村斉美の第二歌集「galley」を読んだ。 小ぶりな紙面に、三首組で歌がぎっしり埋まっている。第一歌集「夏鴉」は大判、一ページ二首組の装丁でゆったりとした余白があった。それを排除したところに作者の短歌観の多少なりとも変化があるのだろう。 草、と…

嶋田さくらこ 第一歌集 『やさしいぴあの』

新鋭短歌シリーズ第一期全一二冊が完結した。その掉尾を飾ったのが、嶋田さくらこさんの「やさしいぴあの」であった。 紫が香る楽しい町ですよ 信じてくれたらもっと楽しい この歌を読んですぐに連想したのが万葉集巻一で登場する額田王と大海皇子との相聞歌…

田村広志 第五歌集 『漠底』

歌うとは持ち続くこと満身に戦死の親父を抱きて生きる 「漠底」は作者の第五歌集。田村広志は昭和十一年生まれ。幼年時代を戦争期に過ごし、父を沖縄戦で亡くしている。この問題を主題として長く歌い継いできた歌人である。似たような経歴をもつ人は、ほか…

「くさ千里」 第十集を読む

「くさ千里」第十集をいただいた。草千里短歌会の活動も十年を超えることを思うと感慨深い。私も短歌をはじめてより、常連にはなれなかったが、このメンバーと互いに励まし合ってきた。草千里短歌会の一年間の成果をこうして一冊にしてみる機会を得られるこ…

土岐友浩編集発行 短歌同人誌「一角」

「うた新聞」12月号掲載「現代短歌2013この1年を振り返る」は読みごたえがあった。とくに谷村はるかの「土地を歌う」は新鮮な視点を提示していて、注目して読んだ。「今、現代人の感情生活の精髄は地方にあると断言していい」というフレーズに瞠目さ…

堂園昌彦第一歌集 『やがて秋茄子へと到る』

泣く理由聞けばはるかな草原に花咲くと言うひたすらに言う 堂園昌彦「やがて秋茄子へと到る」をやっと読むことができた。というのも、ここ数年、堂園昌彦の「やがて秋茄子へと到る」の連作を通読できる日をずっと持ち望んできたからだ。この作品は、200…

久野はすみ 第一歌集『シネマ・ルナティック』

久野はすみは私の「未来」の歌友であり、もっとも信頼するする歌人の一人でもある。2001年に「未来」に入会後、翌年には早々と未来賞を獲得、また2003年には未来評論賞をも手にした一筋縄ではいかない強者である。その久野が待望の歌集を出した。厳…

山下泉第二歌集  『海の額と夜の頬』

山下泉の歌を読んでいると、緊密に構築された回廊に迷い込んだような不思議な感覚を覚える。描かれているのは紛れもなく作者の日常空間だが、独自の感性と磨かれた知性によって俗性を捨象され、再構成された世界となって立ち現れる。そこには、父や母、弟、…

田中教子「ことのはしらべ」

田中教子「ことのはしらべ」は、万葉集を身近に感じることができる楽しい本である。 作者は万葉集の研究者であるが、この本では、些末な考証から放たれて自由自在に万葉集と現代とを行き来して話題が広がってゆく。「さくら」の語源や「梅」の表記の歴史をと…

三好美奈子  『さくら待つ』

霧晴れて紀州の山に会へる日は海越えて白い封筒がくる 三好美奈子さんは今年六月で米寿を迎えられた。三好さんとは亡き米口實先生の主宰されていた「眩」の勉強会でたびたびご一緒した。先生の辛辣な批評にも一歩もひかず、刻苦勉励されていた姿が印象的で…

大島史洋『近藤芳美論』

『近藤芳美論』 大島史洋は自分の第一の師は近藤芳美だと明言している。若くして「未来」に入会し、近藤芳美と岡井隆という二人の個性的な先輩の影響を直接にうけながら、長く自分自身の歌を模索してきたことであろう。そしてその間、半世紀にわたって、近藤…

川本浩美 遺歌集  「起伏と遠景」

石材展示場無人のひるにして何も彫られざる石碑はそびゆ 川本浩美という歌人については何も知らなかった。初めて読むのが、遺歌集ということもあってか、つい感傷的になってしまうのであるが、読み始めるとそういう甘い感傷の入り込む余地はなかった。抑制さ…

加藤治郎『しんきろう』の文体

このたび、加藤治郎第八歌集『しんきろう』を読み直してみて、新鮮な衝撃を感じた。それは、どういうことか、整理のつかない思いでいたが、なんとなくやり過ごしてしまうのは惜しいので、拙いが言葉にしておきたいと思う。 それは、一言でいうと、「文体」…

ふたたび  『迷子のカピバラ』

『迷子のカピバラ』について、レポートを発表する機会があり、もう一度読み返すことができた。その際、この作品群の虚構性について少し考えを深めてみた。 虚構とひとことでいっても手法はさまざまである。この歌集についていえば、「境界のずらし」という…

岸原さや 第一歌集「声、あるいは音のような」

岸原さや 第一歌集「声、あるいは音のような」が話題の新鋭短歌シリーズより出版された。岸原さやは「未来」加藤選歌欄の歌友であり、入会以来互いに切磋琢磨してきたあいだがらである。当然、未来誌に掲載されてきた岸原の歌は毎月読んできている。しかし…

晋樹隆彦第四歌集「浸蝕」

晋樹隆彦第四歌集「浸蝕」を読んだ。読み終わって、気持ちの良い充足感を味わった。歌の世界が豊かなのである。冒頭は、作者の故郷である九十九里浜への旅から始まる。変化し、破壊される自然を嘆きつつ、しかし重くならない。地形への強い関心が歌に海風を…

本多真弓/本多響乃 歌集「猫は踏まずに」

「未来」の歌友である本多真弓さんから、愛らしい歌集をいただいた。タイトルは「猫は踏まずに」作者名は「本多真弓/本多響乃」とある。ネットでも幅広く活躍している作者であるから、二つの名前を持つことで、私性からの距離感を調整しているのだろう。そ…

天道なお 第一歌集「NR」

天道なお第一歌集「NR」が出版された。あとがきによると、作者は十八歳のときに寺山修司の短歌に出会い、作歌を始めている。その後、早稲田大学に入学。在学中は、水原紫苑のゼミで研鑽をつみ、学生短歌会で活躍。二〇〇三年には「未来」に入会し、現在に…

松村正直「高安国世の手紙」

高安国世については、リルケに関する書物の翻訳者として大学時代に知ったのが最初であった。その後短歌に興味を抱くようになって、「塔」の創始者であることを知って少し驚きを感じた。しかし、それ以上に関心を持つことはなかった。松村正直氏の後書きにも…

真中朋久第四歌集「エフライムの岸」書評

真中朋久の第四歌集「エフライムの岸」が出版された。二〇〇六年から二〇〇九年までの五五二首が収められている。真中の骨太の作風は独特であり、前回の「重力」で完成された、うねるような力強い文体がどんな世界を切り開いてゆくのか楽しみであった。 自…

來田康男第二歌集『法螺吹きの末裔』

來田康男の第二歌集『法螺吹きの末裔』が出版された。來田康男は1994年に「眩」に入会し、米口實に師事しており、私からすると兄弟子にあたる。来田は眩の中の異才であった。來田の歌の魅力はやはりそのストレートな表現力であろう。言葉の力に寄りかか…

秋月祐一「迷子のカピバラ」 書評

眠れない夜にきみから教はつた世界でいちばん長い駅の名 「世界でいちばん長い駅の名」が実際にどういう名なのか、具体性は外されている。固有名詞を出さないことで、どこか寂しさも併せ持つはるかな駅への想像をかき立てられる。「駅」ではなく「名」であ…

堀合昇平「提案前夜」  書評

あけのこる月のひかりに染まりつつ艶やかに不燃物のふくろは 人々の去った街に不燃物の袋が転がっている。ゴミというすでに意味を失ったものが月の光に照らされて、生々しい存在感をもって現れる。夜明け前の都市の風景はなんと廃墟に似ていることか。それ…

大森静佳 「てのひらを燃やす」

大森静佳の第一歌集「てのひらを燃やす」を読んだ。第一章巻頭は角川短歌賞受賞作「硝子の駒」。この連作は「私」という視点がはっきりとあり、その視点を通して感情が丁寧に描かれていく。それは恋人と過ごしてゆく時間や景物であり、独特の陰影をつけた表…

佐藤羽美「ここは夏月夏曜日」

セーラー服の女子高生が赤い紫陽花の上で寄り添っている表紙絵。そこに降る甘やかな雨の匂いに誘い込まれて初々しい世界に誘われるのかと期待すると、こっぴどく裏切られる。かなり多くの歌数を、読みやすく物語風に構成している。その物語の深淵にのぞいて…

米口實 「惜命」

「呟」の主宰者であった米口が今年1月に急逝した。 歌集の原稿を預けたまま、ついに世に出るのを見ることはなかったことが惜しまれる。91歳であった。 米口実は大正10年に、兵庫県赤穂市で生まれている。その後、浪速高等学校に進み、北原白秋の主宰す…

小谷博康「夢宿」

歌集のなかに夢が次々と現れ、きがつけば異次元に連れ去られる。 過去や未来、さみしい山村、あの世や異類の世界にまで足を運び、夢を旅をしているような不思議な感覚に誘われる。そこでは現実の窮屈な自意識から解き放たれ、原初にたちもどらせてくれる。 …

足立尚彦 第4歌集 「でろんでろ」

足立尚彦第4歌集「でろんでろ」が昨日届いた。 本をめくって、最初の歌から一気に読んでしまっていた。 言葉に必要以上にこだわらず、伝えたいものをストレートに伝えていこうする潔さが読者をひきつける力である。 妻の死に遭遇しながらも、あえて挽歌を…