眠らない島

短歌とあそぶ

2011-10-01から1ヶ月間の記事一覧

樋口一葉の歌 その6

「樋口一葉のうた」 その6 商売から足を洗い、身を投げ打つ思いで和歌革新に立ち上がった夏子であったが、その活動の実際はどう進捗したのであろうか。その足跡をたどって、夏子の歌の顛末を見定めたい。 萩の舎の助教として、歌の世界に復帰した 二七年四…

樋口一葉の歌 その5

「樋口一葉の歌」その5 明治二七年五月、樋口家は竜泉寺町を引き上げ、本郷区福山町に転居する。商売を打ち切るのは、営業不振のためであるといわれるが、詳細は明らかではない。ただ、夏子は自身がもっとも軽蔑する利欲の世界で、子ども相手の一厘二厘の商…

樋口一葉の歌 その4

「樋口一葉のうた」 その4 近年、晩婚化が進み三〇代の女性の三人に一人が独身だという。女性は高学歴になり、社会進出が進んできたのであろう。明治五年に生まれ、二九年に亡くなった樋口夏子という人を思う時に、どうにもやりきれないのは、当時の男子に…

樋口一葉の歌 その3

「樋口一葉のうた」 3 森鴎外の自伝的作品である「ヰタ・セクスアリス」で二一歳になった主人公金井君が、洋行を前に要人と顔つなぎをするために待合を度々利用するという件がある。そこで金井君は自分の懐具合を次のように述べている。 僕は古賀の勤めてい…

樋口一葉の歌 その2

「樋口一葉のうた」その2 ところで、一葉というのは、小説家としての筆名であり、歌には「一葉」という筆名は一度も使ったことはない。十年間ほどのすべての詠草には「なつ」「なつこ」と署名が書かれている。ここには、歌の作者としての樋口夏子がいる。そ…

樋口一葉の歌 その1

「樋口一葉論」 1 樋口一葉はその短い生涯に、四千首を超える歌を残している。小説家としての一葉が活躍したのは、「大つごもり」を発表した明治二七年一二月から二九年にかけての奇跡の一四か月である。そして天才女流作家として高く評価されるなか、惜し…

宮沢賢治短歌への試論パート2

「大正三年四月」と題された歌稿Aから引く。この年、賢治は中学校を卒業したものの、進学はしておらず、蓄膿の手術をし、退院後は家業を手伝いながら憂鬱な日々を送っている。 粘膜の赤きぼろぎれのどにぶらさがれりかなしきいさかいを父とまたする あたま…

宮沢賢治短歌への試論パート1

宮沢賢治短歌への試み 這ひ松の なだらを行きて 息吐ける 阿部のたかしは がま仙に肖る これは明治四四年、盛岡中学三年生、一五歳の宮沢賢治が詠んだ歌である。「阿部のたかし」とは賢治の級友の「阿部孝」であり、このころ盛んに岩手山登山をした仲間であ…

笹井宏之試論パート2

第二歌集『てんとろり』になると読みづらさは影を潜める。これは、遺稿集ということで、かなり丹念な編集の手を経ていることも原因しているであろうが、そればかりとはいえない。それは、作品発表の場が、結社誌という紙媒体に移ったことが笹井の作歌意識を…

笹井宏之試論パート1

「笹井宏之試論」 笹井宏之の遺稿歌集であり、第二歌集となる『てんとろり』が刊行された。奥付は二〇一一年一月二十四日、二六歳の若さで世を去った笹井宏之の三回忌の命日である。恩師である加藤治郎と、結社誌「未来」の加藤選歌欄のメンバーである中島祐…

未来10月号

静かなジャム 光太郎の詩を読んでいる 光太郎は死んでいるから安らいで読む 紐育・倫敦・そして巴里だより まだ原発はどこにもなかった さみしくて燃え出しそうな痩せぎすの「出さずにしまった手紙の一束」 きりぎしに立つ精神が書いている智恵子さんのあさ…

未来9月号

線量の増えゆく空を鳥たちは朝をよろこび鳴いたであろう あの日より前にも雪は舞いおちて海に戻ってゆけばよかった 舟人はいくども目覚めているにしろ昨日の唄がまだおわらない ああ昔、夜空に舟が燃え上がり、それは、と人は語るのだろう 橋は架け直され岸…

未来8月号

花びらの行き場のなくて海原にくずれてしまう 岬はさくら 防潮堤に立つひとがいる健やかな春のおわりの凪のさへとおく しおみずに真水は顎から漬されてそのしおみずになるまでのみず 伸び上がるクレーンは運河に傾ぎつつつり上げられている白い空 原っぱに倒…

未来7月号

鳥たちがようやく騒ぎ始めてもあなたはいつも眠らない島 防波堤に足を垂らしてわたしたち引き返せないのを幸いとして 分け合えるものなど何処にもないのだろう鳥の滑ってゆく春のみず 目を閉じて罅のきれいな水面を呼び出しながら呑むこなぐすり 吊り橋に日…