眠らない島

短歌とあそぶ

田中教子「ことのはしらべ」

 田中教子「ことのはしらべ」は、万葉集を身近に感じることができる楽しい本である。
 作者は万葉集の研究者であるが、この本では、些末な考証から放たれて自由自在に万葉集と現代とを行き来して話題が広がってゆく。「さくら」の語源や「梅」の表記の歴史をとおして千年の時空を超えて詞の森に読者を誘い込む。
 また作者はアララギ派歌人でもあるということから「アララギ」の語源へさかのぼってゆく。源流へ遡り、また、時代のなかで様々な意味に変遷していく様相を解明してゆく手腕はさすがと思わせるものがあり、興味深く読んだ。
 
 また、第二章では「やさい」「くだもの」を題材にした現代短歌を丁寧に鑑賞しており、作者の確かな読みに引き込まれる。大根、葡萄、など古事記日本書紀から使用例を紹介するなど、食べ物と日本人との長い歴史に思いを馳せる文章に出会えたのが悦びであった。ここまで読むと、もっと知りたくなるのが人の常である。万葉集に登場する動物や植物、また食べ物などが当時どのように生活の中に取り入れられていったのか、そして歌にどう詠まれているのか、この作者のやわらかな語り口と切り口で存分に読んでみたい。
 
 第三章の「万葉集」と現代短歌との話の架け橋もとてもわかりやすくて、面白い。枕詞の紹介や序詞など近代短へ織り込まれていく流れが興味をひいた。枕詞、序詞についてはまだまだ、話が続きそうである。これも続編を期待してしまう。
 前登志夫さんのエピソードは貴重だった。前さんの生前を訪ねて、歌の真意を質問する作者に前さんが語った言葉、
「…てむ、という言葉を使ってみたかったからできたようなところのある歌なのかなぁ」
 という件がとても印象的だった。前さんらしい、とりとめのなさが偲ばれる話だった。