眠らない島

短歌とあそぶ

楠誓英 『うた新聞12月 今月のうたびと 』を読む


 『うた新聞』12月号掲載『今月のうたびと』に登場している楠誓英の連作『薄明をくぐる』を読んだ。
この連作で楠が新しい展開を見せており、新鮮な感銘を受けた。今までの文語調を主軸にしながら、柔軟な口語調を織り込むことでより自由で厚みのある表現を獲得している。楠独自の深い思惟の世界が新しい文体を獲得することで、さらに深まりを見せたように思う。大胆に口語の粘りをいかしながら表現や題材の幅が広がることで、感情がゆたかに流れている魅力的な連作だ。


人の腰にゆはへられ雉は見ただらう逆さにゆるる空山( そらやま)のさかひ
 
連作中、もっとも注目した作品。雉の剥製を題材にして、命の深みに降りてゆく。殺された雉の無残に身を添わすことで末期の眼に移る光景をなまなまと再現する。結句の「逆さにゆるる空山( そらやま)のさかひ」は修辞的に巧緻な表現であり、生と死そのものに肉薄する迫真性に満ちている。しかも非情に美しく命の輝きと悲しみを受け取ることができる。
 
林の奥のまばゆき光にひかれゆく真つ白な老人ホームあらはる
 
これは美しくできあがった歌のようだが、やはり「真つ白な老人ホーム」を出すことで優れて現代的な光景に仕上がっている。やはりここにも死から眼をそらさない楠の資質は確かである。
 
ビル内に教会ありて女の子の襟元のやうな神のいましき
 
この連作がとても新鮮なものに思えたのはおそらくこの作品のためだろう。さりげないスケッチのようでありながら「女の子の襟元のやうな」という口語的な直喩が可憐で聖なる印象を作っている。そこからひといきに「神」に結びつけるところに、楠の若々しい思想性を感じさせられる。
今回の連作では相聞歌がところどころに散らしてある。他者とのつながりを希求することで内在する死へと閉塞しがちな精神世界にあたらしい息吹が生まれたようで、磁場が二つになり歌に広がりを生み出している。今後へのさらなる変化が楽しみである。
 
鞄のなか昨日の雨に冷ゆる傘つかみぬ死者の腕のごとしも
坂のはし生まれた小さな川に添ひ下れば雨にけむれるあなた