眠らない島

短歌とあそぶ

吉岡生夫『狂歌逍遥 第2巻 近世上方狂歌叢書を読む』

 
 「うた新聞」4月号、巻頭評論「前田夕暮、口語自由律の探求」(山田吉郎)、そして新連載の「文語定型~むかしいま」(島田幸典)を興味深く読んだ。前者は文語定型から、口語自由律へ進んだ前田夕暮、そして、ふたたび、文語に帰ってゆくその軌跡を丹念に追う。また後者は、「文語と口語の二項対立」よりも「なぜ詩歌では非日常的な言葉が生きるのかという問題」を考えてゆきたいという。これは刺激的な問題提起であり、ここに抒情の本質が秘められていると確信している。是非、粘り強く考察されることを期待したい。
 
 ところで、この記事を読み終えて再び手にしたのが吉岡生夫「狂歌逍遥 第2巻 近世上方狂歌叢書を読む」である。吉岡の狂歌研究にかける情熱がそのまま伝わってくる大作である。近世の上方狂歌を丹念に渉猟し、鑑賞してゆくこの著書は日本語の推移の検証としても資料的価値は抜群である。
 
 吉岡は言文一致というキーワードを使いながら、文語と口語との境界を無化してゆく。ここにも、「文語と口語」の二項対立では掬い取れない長い歌の歴史と、現代短歌の文体への視点が示されているようにも思う。
 作者は次のように定義する。
「では、狂歌とは何か。狂歌とは、フォーマルな場における和歌に対してインフォーマルな場において「言い捨て」を条件に許された五七五七七であった」という。「つまるところ、和歌が否定した世界、書き継がれることのなかった世界」であるという。
 
 狂歌という言葉が始めて出てくるのは、「明月記」だそうだ。たしか、明月記のなかで、定家は宮中の宴会のあと、みんなで狂歌を詠い合ってバカ騒ぎをして大いに楽しかった。最近は狂歌に夢中だ。というようなことを書いている。この件を読んで驚いた覚えがある。あの定家が、自分の家業を忘れて、夢中になる狂歌とはいったい何?そして、それは、書き記さないともあった。和歌と違って公に残すことは許されていなかった。定家は、和歌では古い言葉、特に古今集の言葉を使え、と歌論で主張している。当時すでに、言葉に大きな変化があったことになる。そして、おそらく狂歌は当時の現代語で歌われたことであろう。現代の言葉の自由さが彼らを夢中にさせたのであろう。歌語に制約がおおく、「旧い言葉」の和歌はすでにかれらの中の現実的な情感やエネルギーを掬い取ることができない形式だったのではないか、と思えた。
 
 その狂歌が江戸庶民のエネルギーを吸い上げてゆく受け皿になる。ところが近代短歌のなかで再び否定されてしまう。そこには吉岡がいうように自我中心主義が席巻していった背景があるからだろう。そして、短歌のなかに倫理性のようなものを求める力が働いたのではないだろうか。これは、「雅俗」の線引きとよく似ている気がする。短歌から「俗なもの」を排除してゆく思想。しかし、高尚な詩情やそれを保証する文体も、それがある程度の共通感覚になってしまうと、かえって通俗になり、「雅」は「俗」と入れ替わる運命を持たされる。吉岡は「俗」の持つ本質的なエネルギーを狂歌の集積のなかから丹念に掘り起し、ユーモアや機知を現代短歌の一つの突破口として提唱している。
 
 冒頭にあげた島田幸典が、文語の立場から「詩情」を検証するのに対し、吉岡の試みはまったく違うマイナーな場所から現代短歌や、現代語の可能性を探ろうとしている。それは、歌の中の笑いの要素の再発見でもある。そして歌、あるいは近代短歌の歴史に新しい視点を提唱する。
 粘り強く、意志的なその仕事に敬服したしだいである。