眠らない島

短歌とあそぶ

「上終歌会 01」

  
今日、帰宅すると、郵便受けに可愛らしい冊子がとどいていた。「上終歌会 01」とある。奥付には「協力 京都造形芸術大学 文芸表現科」。永田淳さん主宰の歌会か。さわやかな表紙絵に誘われて、つい最後まで読んでしまう。連作10首と個性的なエッセイ。若々しいセンスの歌が並んでいる。歌会でどんな発言が交わされたのか、想像しながら読むと、とても楽しい。
 
売っている写真のように何もないまっすぐな道みたいな理想
                       小林哲史
確かに、理想というとこんな感じのものか。つるっとしていて、とらえどころのない概念。でも無いよりもあったほうがいい。
 
左手で熱い紅茶をかき混ぜる角砂糖とは友であること
                          岡本友紀
気持ちがしんとなってしまった。こんなささやかなシーンにも親密感が流れていて生きていることの暖かさが伝わってくる。角砂糖と友の組み合わせがとてもセンスがいい。
 
とおいほど眩しくなって一節がきちんと百グラムの蓮根  
                       中野愛菜
 
この作者も良いセンスを感じる。上句からの美しいイメージから下句の具体への収斂が鮮やか。説明はできないけど、カットされた蓮根への鋭い感応がある。
 
あっポインセチア二週間で枯らしたことまだ言えてないんだった 
                       森田風香
ふたりの関係の不安定さ、気持ちのゆらぎをうまく伝えている。「言えてない」という内面の屈託の表し方がとても上手い。
 
終電にまにあわせたらもうすでに思い出みたい まばたきがおそい
                       山内優花
 
この作者も印象的な作品が多かった。「まにあわせたら」という言い回しにも、未練や心残りがうまく表現されている。口語の微妙なニュアンスをとてもよく掴んでいる。下句がよく響いている・
 
行間を読めという人が立っている山の頂に牡鹿がとおる
                      井村拓也
 
この歌は謎めいていておもしろい。上句から下句への飛躍がわからないけど、そのわからなさに、この作者の皮肉があるような。「行間を読め」は結構上からの言い方。それに対して「牡鹿がとおる」でかわすユーモアのセンスが素晴らしいです。
 
膜越しに触っている気がして親指にまち針を刺す 血が出る 痛い
                      川上拓郎
 
ふつう人は現実とある程度、距離を保ちながら生きているのに、この作者はそれに乖離感を感じていることにはっとする。直接に触りたい苛立ち。そして、直にふれることで生じるカタストロフィ。生きるってややこしいな。
 
底辺を高さと掛けて二で割ったことを私は必ず許さない
                       駒田隼也
 
世界には、様々なルールやシステム、決まり事、法則が既存のこととしてある。世界の中心はどこにあるのか。この作者は世界のど真ん中にいてジレンマに立たされている。
 
指洗う水音をもてあましてどこから海になれるのですか
                      坂根望都花
 
自愛と自意識の外の世界へのゆらぎ、あこがれがとても新鮮。
 
ポンポン帽をつつきつつ弄ぶ。春にはいないことを思うと 
                       新川詩織
 
ポンポン帽ってどんな帽子かな。毛糸の玉が付いている帽子のことだろうか。
「春にはいない」とは誰がいないのか?いろいろな疑問が出てくるけど、季節が移りゆくなかで、人との関係も変わる事への愛惜がつぶつぶと語られていて好印象。
 
帽子だけ持って飛び乗る上り線窓の指紋が富士に重なる
                       鵜飼慶樹
動きがあって面白い。「窓の指紋が富士と重なる」に、体の感覚と外界の接点のようなものが現れていて、生き生きしている。