眠らない島

短歌とあそぶ

大森静佳 「サルヒ」


たてがみに触れつつ待った青空がわたしのことを思い出すのを
 
ひかりを孕んだ風のような言葉が体を脱けてゆく。こころが解き放たれる。いつのまにか悠久の大地と時間の真ん中にひとり立っている。そんなすがすがしさだけが残る。
 大森静佳の「サルヒ」は小さいけど大きな世界を孕んだ歌集。息苦しくなったとき何度か手にする。まず、写真が眼に飛び込む。モンゴルの青空、草原、駆け抜ける馬、孤独で美しい犬、すこやかな子ども達、どの写真からも対象への畏敬の思いが伝わってくる。そして言葉。
 
草原のあれはこころの群れだった 一頭ずつにひかりはじけて
 
草原にあそぶ羊のように、こころが解き放たれている。こんな涼しい言葉に逢いたかった。
 
詩のように瞳はそこへ向かうのだ そこには誰もいなくていいのだ
 
そこってどこだろう。おそらくそれは詩の生まれるところ。広大で孤独な草原のような場所か。
 
顔が長いだけなのにいつもうつむいているように見える馬たちしずか
この夏を痺れるばかりに遠くして帽子は何の墓なのだろう
犬の死骸に肉と土とが崩れあう夏。いつまでも眼だけが濡れて
 
荒削りなタッチで対象と心をスケッチしてゆく。しかも言葉はいのちや時間の向こうへ渡されている。こんなはるかなものを言葉にできるのかと新鮮な驚きを抱いた。モンゴルの大地が生んだ力強くうつくしい本。そして鮮やかな言葉に夢中になった。
 
鐘のようにさむざむ生きよ空港にただうつくしい朝焼けが来て