野田かおり 第1詩集 『宇宙の箱』
野田かおりは『未来』の若い歌友である。短歌の仲間とばかり思っていた野田かおりが詩集を出版した。突然のように思えたが、実は現代詩とのつきあいの方がずっと長かったことを知った。そんな彼女にとって第一詩集『宇宙の箱』の上梓はむしろ遅いくらいだったのかもしれない。そして、詩集を読み、そのみずみずしいイメージの豊かさに驚き、この若い才能あふれる詩人のデビューに出会えたことをうれしく思った。
水槽に
夕ぐれがくるたび
立ち止まらなければならない
大きな魚は小さな魚を執拗に追い
小さな魚が近づくとそれは繰り返され
立ち止まらなければならない
(もう許してやってはどうか)
影だけの魚たちは琥珀の息を吐き
眠らない
まま泳ぐ 『琥珀の息』
水槽のなかで大きな魚に追いかけられる小さな魚。そのイメージが詩集のなかに繰り返し、形を変えて登場する。ここには、世界とうまく繋がることが出来ない関係への齟齬感が痛々しく浮かび上がる。あとがきで作者は
十代の私は、「なぜ学校へ行くのか」という問いを繰りかえしていました。
と記している。そんな答えの見えない時間のなかでの彷徨が、この感受性の強い作者に深い思索の世界と、豊かな言葉と出会いを与えたようだ。やがて自画像をなぞることから少しずつ自意識が解き放たれてゆく。
校門をくぐれば
朝のフィラメントが
かちりと息を吐く
遅刻指導の
列が傾いたまま
揺れる頭がひとつふたつ
… 略…
次の季節に渡っていく鳥たちよ
教室の窓辺に傷あとをあたため
瞳ばかり鋭く
輝くな 『鳥たちよ』
この「鳥たちよ」に籠められたイメージの迫真性と透明感はどうだろう。苦しんだ自意識の檻に言葉を与えることで純粋な思春期の精神世界が見事に形象化されている。このように相対化し異化されることで、混沌とした断絶感や疎外感はふさわしい距離を与えられ浄化されたことだろう。
さらに詩集の世界は展開を見せる。それは自閉した世界を包含しながら、より豊かな世界への飛躍してゆくイメージの波動である。
目を閉じればいい
プロキシオン
冬の夜を見上げる
みずからの闇のなかに
失わない光を 『宇宙の箱』
この詩には静かな再生への祈りがあり感動的だ。また、祖父の死をテーマにした『雪逢』には作者が孤独な闇から一歩踏み出して、祖父という他者と行き合う物語が美しいイメージを与えられている。
冬の庭に
いつも誰かしらの
こえがする
まだ熱い骨のなかからほとけさまを拾うと
雪は降る
降る
降らない
天のこえよりほかなくて
雪逢
という場所 『雪逢』
この詩のフレーズの美しさは希有のものだ。作者は高校生という多感な時期に阪神大震災に遭遇している。それはこの作者に世界への断絶感を叩き付けるのに充分だったであろう。その大きな喪失から、二十年という歳月を掛けて哀しみの瓦礫を素手で取り除き、再生をしようとするひとりの少女の物語がここにある。