眠らない島

短歌とあそぶ

平井軍治 第二歌集 『平井軍治歌集 』

 
  凄まじき羽音のこして刈田より飛び発ちて闇濃くする土鳩    
 
  除雪車の回転灯がオレンジの明かりを投げて玻璃窓よぎる    
 
 「平井軍治歌集」を読んだ。平井さんの第二歌集であり、2006年から2013年までの作品を収めている。平井軍治さんは青森市に在住されている。その歌風はどちらかというとリアリズム的であり、生活の細やかな営みや人との関わりを素朴なタッチで紡いでいく。その行き届いた表現に青森の風土もよく歌に反映されていて読んでいると自然に作者の生き様が見えてくる。近代短歌のなかのアララギの血脈を引く『未來』に所属する歌人としては本流ではないかと思う。冒頭に挙げた二首は青森の風土をよく描いていて印象深い。一首目は厳しい冬を目前にした刈田の風景。丁寧な写実のなかにやがて襲ってくる厳しい冬への怖れが感じられる象徴的な歌いぶりに安定感がある。二首目は、除雪車が動いている真冬、明かりを点けているのは昼間でも薄暗いからだろうか。その重苦しい空気感を窓ガラスに差し込む明かりを通してスケッチしている。
 
 五連隊の遭難兵に関はりし祖父顕(た)つ朝を八甲田山は雪  
 
 この歌のように青森と戦争の歴史に言及した歌も、多くはないが歌集に収録されており、青森の背負ってきた近代史が彷彿と立ち上がってくる。一族と戦争との関わりを丁寧に歌に詠み込むことで、単なる個人としての過去ではなく、青森という土地が背負ってきた過去と現在が結びつき、この歌集に個人の現実に収束しない奥行きと広がりを持たせているようだ。
 
 書道展の会場に満つる墨汁の匂ひ重きに酔ふごとくゐる
 人ごみを避けておみくじ開きゐる少女の繊き背みつめたり   
 もの思ひ不意にとぎれて傍らをすり抜け行きし自転車みおくる   
 
 また、記録的な歌とは趣を異にした、感覚の冴えた歌にも目がとまった。一首目、書道展会場の雰囲気を「墨汁」の匂いに感じ取り、体感をとおして空間をよくスケッチしている。二首目、少女の震えるような繊細な感覚を、おみくじを開く姿に見ている。これもつい見逃してしまいそうな日常の風景であるが、作者の生き生きとした感覚がよく捉えた作品。三首目は、視線が自分の内面に向いており、意識の流れのようなものをさりげなく把握している。下の句の「すり抜け行きし」という丁寧な措辞がよく自意識を反映しているように思える。
 
  果てしなく迷ひまよひて五十代 振りかへる夜の飛礫が痛い   
  あの人が言ふならきつとさうだよと言はれてみたしそのあの人と   
 
 内面に向かう視線は、それなりの時間を生きてきた者であれば、苦い後悔やいたたまれない恥辱を引き出してしまう。そういう心情を率直に表現することで、一瞬のこころの真実を思わず表出して心を動かされる。一首目は、教育者として勤務してこられた頃を振り返っての歌。誰しもある苦い思いが下の句でよく表現されている。また、二首目は、何歳であろうと関わりなく、今の自分とは違う、もっと理想的な自画像を追い求めてしまうさみしさのような心境がさらりと歌われていて、胸を衝かれた。
 
 このように、平井さんの歌は、美意識よりもどちらかというと、真実に迫っていく歌いぶりであり、それが深まっていくと、次のような象徴的な作品に到達するのだろう。具体的な物象を捨象して、こころの風景だけが見えてくる。こういう深まりが歌を豊かにするのだろう。
 
 もうそんな流れになつてゐるのなら乗らずに岸辺たゆたひてゐむ