兵庫県歌人クラブ新人賞受賞作品
蛍のからだ
指先がはなびら零しているでしょう遅延証明さしだす指の
放課後の鞄のなかで受信するいちばん明るい星のかなしみ
北壁に並べおかれた自転車はひとつ倒れてつぎも倒れる
冷えた指をすべらせながら打ち倒す敵がそのまま友達の数
ゆるゆるのジャージを吊す「わゐうゑを」膝のあたりが崩れたまんま
数列を改行したあと手のひらを余白のように開いてみせる
ずぶ濡れの制服着替えていいですか 背中の羽化を止められなくて
大きさが同じくらいの水滴を飲み干す蛍のからだ かなしい
植木鉢に名前のかいてある人は靴がないので帰れないのよ
お弔いしてやれなかった八月の学級日誌のなかのうさぎを
見えますか ひかりの当たる黒板にふるい副詞をたてながに書く
蛍光灯に照らされている魚たち小さなあぶくも青いね みんな
私たちは平和を愛しているのです コーンの詰まった黄色い缶詰
空欄を二〇字以内でうめなさいこの水槽が干上がるまでに
ホッチキスの針抜いてゆく指先をうすい希望がこつんとへこむ
修道士のような男に磨かれて廊下の胸はあかるんでいる
やわらかな指紋をつけてきんいろの百葉箱の鍵をもつ人
本棚の鴎外全集第六巻がぬかれてほそく闇がうまれる
おしまいのチャイムが流れる水面を蹴り上げながらまるで逆さま
夕映えが平らな床にてりかえす駱駝になって踊り場に立つ